「ここだね」
彼女はしばらく教室全体を見渡すと、一番後ろの席に目を止めた。
視線をたどると、どうやら小さな落書きが残されている机を見ているようだった。続いて彼女はゆっくりとその席に向かうと、机の上の落書きにそっと触れ、囁きかけるように言葉を発した。
「この机に落書きした子」
「え?」
「この子はね、すごく、まじめだよ」
「どうして?」
僕は彼女からやや離れた席の、机の上に腰掛けた。
「ここの落書きって、ぜんぶ、授業の事しか書いてない。それに、ここの落書きの周りの「囲み」。これはたぶん、ほら……」
彼女はそういうと、指先で落書きの周りに描かれた四角の枠をなぞる。
「これって、筆箱の大きさだよ、たぶん。いつもはこれで隠してるんだろうね。妙に几帳面なんだ」
「ふうむ」
「普通、授業の事を落書きなんてしない……」
彼女はそういうと、そっと目を伏せた。
僕はポケットから小さなカードを取り出すと、万年筆のキャップを外した。
「じゃあ、『これから』この子について、私が考えた事を言うよ」
「【お話】だ」
彼女はにっこりと微笑んだ。
「えっとね──」
彼女の言葉に頷きながら、僕は教室の壁に掛けられている時計にちらりと目を向けた。
あと何分残っている?
夏休み、蝉の鳴き声。
(TC, OP-01>>) て、教室に入る。
3 年 2 組。僕たちのクラス、だったところ。
「ちょっと、寂しいね」
僕がつぶやくと、彼女は静かに頷いた。
教室にも人の影はなかった。
整然と並んだ机と椅子の間を歩くと、自分の記憶より若干狭く感じるのが不思議だ。ここで僕は怒り、哀しみ、落胆し、笑い、恋をし、そして卒業をしたのだ。
黒板には夏休みの期間と、休み明けに提出する宿題のリストが色分けされたチョークでカラフルに書かれている
(面倒見の良い先生なのかな?)
丁寧に黒板に書かれている字体や、教室中に張られた「注意書き」や「予定表」のコピー用紙を眺めながら、なんとなくそう思う。
耳を澄ますと、遠くから子どもたちの声が聞こえた。
たぶん、近所の子供がグラウンドでサッカーでもしているのだろう。